モンゴルで日々奮闘していた協力隊員の日記

H26-2青年海外協力隊員(職種:青少年活動)として、モンゴルで2年間活動していました。

節分しました♪ 

投稿がだいぶ遅くなってしまいましたが・・・( *´艸`)

2月3日に「太陽の家」で節分をしました♪♪

 

まず、子ども達・先生達と協力して、60人分の恵方巻作り!

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ダルハンには韓国の巻き寿司「キンバブ」があるので、子ども達も恵方巻作りには慣れていました。

すのこを使って巻いていると「遅いから!」と言われて取り上げられ、手際よく手だけを使って巻いていました。

 

見た目はあまり綺麗ではないけど、こんな感じに恵方巻が出来上がりました♪

中身は、きゅうり、ツナ、錦糸卵、カニカマです。

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恵方巻だけではお腹がすくので、節分には関係ないけど、肉じゃがも作りました。

 

モンゴルで常に手に入る食材は、じゃがいも、人参、玉ねぎ、お肉。

これが揃えば、肉じゃがを作るしかないでしょう?(*´з`)笑

 

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味付けは、醤油とみりんと塩たっぷり。

日本人は甘い肉じゃがを好みますが、モンゴルの人達にとっては塩味の肉じゃがの方が美味しいみたいです。

 

 

そして、食事の前に節分について紙芝居で説明。

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因みに、なぜ日本ではこの時期に「節分」を行うのかご存知ですか。

 

節分とは、季節が移り変わる節日を指し、これは立春、立夏、立秋、立冬の年に4回あります。厳しい冬から春に移り変わる立春の日(2月4日頃)が一番尊ばれたため、次第に「節分」と言えば立春のみを指すようになりました。季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられています。そのため、豆を鬼に投げて邪気を追い払う行事が執り行われてきました。

 

でも、なぜ「豆を投げる」の?

調べていたら面白い事実がありました。

 

 【なぜ豆を投げるのか】「日本人独特の『穀霊信仰』の表れ」と新谷教授は解説する。農耕民族として長い歴史を持つ日本人は、「五穀」(米、麦、ひえ、あわ、豆)に災いを払う霊力があると信じてきた。古事記には米をはじめ穀物に由来のある神様が登場する。今日でも神社などでは「散米」の行事が執り行われる。祓(はら)いや清めの目的で米をまき散らし、米の霊力によって悪魔や悪霊を退散させるわけだ。さらに進んで日本人は酒やご飯などのいわば加工品にまである種の霊力が備わっていると見なしてきた。「大豆の霊力を利用するのは『散米』と同じ」(新谷教授)なわけだ。(中略)

ただ「豆まきには鬼を払う意味と、豆を投げ与えて恵んでなごませる意味の2つがある」と新谷教授。戦国期の連歌師・宗長が「福は内へ いり豆の今夜もてなしに 拾ひ拾ひや 鬼は出(いず)らん」と節分を詠んだ一首がある。鬼が豆を見て「これももてなしか」と拾って食べていくうちに家から出て行くというユーモラスな内容だ。

 

日本人はなぜ豆を投げるのか 「節分」民俗学 :日本経済新聞

 

 

投げられた豆を拾って食べ「これも、もてなしか」と思いながらトボトボ家の外に出ていく鬼の姿を想像したら、なんとも切なくて可愛いですよね。

 

うちにも可愛い鬼が出ました♪

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みんな大笑いして、豆を投げるどころでは無かったけど、

この笑顔が見れて良かったかな( *´艸`)

ノーツァー先生、ありがとう。

 

そして、最後にみんなで昼食♪

「恵方巻を完食するまで、話してはダメです」と説明したら、シーンとなってご飯の間中誰も喋らずに食べていました。(^^; 

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年の数だけ大豆も食べました♪

 

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こんな風に、青少年活動らしく日本文化の紹介もちょくちょくしていけたらいいなと思っています。

 

今日も読んでくださって、ありがとうございました。

 

 

参考文献(閲覧日:2015.2.25)

歳時記の用語「節分の歴史と由来」

日本人はなぜ豆を投げるのか 「節分」民俗学 :日本経済新聞

新しいひらがな

孤児院の子ども達を観察していると、

子どもの発想ってなんて自由で、柔らかいんだ!

ということに気づかされます


例えば、

子どもが折り紙の本で、「ちゃわん」のページを開いて折っていました。

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「できた!」といって見せてくれたのは、なんとちゃわんでは無かったのです。

何を作ったと思いますか?











正解は、

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モンゴルゲル(パオ)!

入り口と煙突と、煙突から出る煙を書けば、立派なゲルです。



おちゃわんをひっくり返して、ゲルにしちゃうところが、モンゴル人ならではだなぁと感心させられました。

子どもって、ほんとにクリエイティブ。



他にも、


ひらがな50音順のテストをしていました。

白紙の紙に、キリル文字で、
「a i u e o」書かせて、
その横にひらがなで
「あいうえお」と書くようにさせました。


ある子が、わ行のところに、
wa wi wu we wo
と書いて、悩んでいました。

私は、わ行を「わ」と「を」しか教えてなかったので、そのwi wu we をどうやって書こうとしているのか、不思議に見ていると、

他の子がその子のテストをみて、
「wi wu weなんて無いよーあはは!」
と笑ったので、

「じゃぁ新しいひらがなを発明してよ」と提案してみると、
えー?!と言いながらも、書いてくれました。


皆さんなら、どうやって書きますか?









その子は、


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(ви вү вэは、キリル文字でwi wu we)

こんな風に書いていました。


この後、「昔はwi とweがあったんだよ」って書いてあげると、「ちょっと似てるじゃーん」といって、キャッキャキャッキャ笑っていました。


似てるかどうかは別にして笑、

子どもの発想って、ほんとに自由で面白くて、凝り固まった私の脳に良い刺激を与えてくれます








子どもは自由に遊ばせている時が一番伸びる


というのを聞いたことがあります。



大人は、子どもの言動に逐一口出しをしそうになりますが、そこをぐっと我慢して、子どもの様子を観察したり、子どもの発言に耳を傾けてみる


そうすると、その子が好きなことや得意なこと、その子から生まれるアイデアが沢山見えてきます


そして、できたことに対して認めてあげる


別に大袈裟に褒めなくて良いと思うんです。「よし!」という目配せだけでも、子どもってわかるから


そうすると、その子に自信がついて、自ら自分の得意なことを伸ばそうとする



と、子どもたちを見ていて実感しています




だから、私の日本語の授業は、特に低学年相手では、勉強というより一緒に遊んでいるといった感じの方が正しいかもしれません。

遊びの中で、日本語の絵本を読んだり、物の名前や表現を覚えさせたりしながら、少しずつ日本語に慣れさせています。


これは、学校ではなく孤児院という特殊な環境だからこそできるスタイルですけどね。



他の孤児院や青少年センターなどの日本語教育の活動も興味があるので、もし私と同じ状況だという方がいたら、コメント欄にどういう風に教えているのかシェアしてくだされば嬉しいです。






では、今日も読んでくださった方々、


あったかいんだから〜🎶





あっ、ハッピーバレンタイン(^ ^)


久々のウランバートル!

今週の土日、モンゴルに新しく来た隊員さんの歓迎会に出席するため、ウランバートルに行ってきました。

久しぶりの首都、ウランバートル!
気分は完全に、おのぼりさん。

ダルハンから、バスで4時間、1万トゥグルグ(約600円)で行けます。

ダルハンは、モンゴルで第3の都市と呼ばれてるけど、
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こんな感じ。

対するウランバートルは、
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高層ビルが建ち並ぶ、ザ都会です。

モンゴルの人口、293(2013年)万人、
(私の出身地広島県の人口とほぼ同じ!モンゴルの国土面積は、日本の4倍もあるのに!!Σ(・□・;))
その中の5割弱の人口が、ウランバートルに集中しています。
だから、お店も人も車も、他の都市に比べて、圧倒的に多いのです。

大気汚染があるのは、確かに辛いけど
(上の写真が若干曇っているのは、霧ではなくPM2.5とか10とか言われるやつの影響です)
都会はやっぱり良いですね。

オシャレなカフェに、
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(UBean Coffeehouseさん、コーヒーもケーキも美味しいし、落ち着ける雰囲気でオススメです。


日本料理屋さん、
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(TOTOYAさん
※TOYOTAではないです。
蛸わさ、唐揚げ、すき焼き、カニクリームコロッケ等、モンゴルにいながら、日本の居酒屋のメニュー、そしてクオリティが楽しめます!店員さんは、全て日本語で対応してくださいますし、店長さんは日本に15年住んで修行されてたそうで、日本のおもてなしサービスに感動します。それに、何と言っても店長さんが、可愛らしい綺麗な方だこと!
場所はここ↓


そして、ウランバートル、
中国製ですが、筆ペンも買えました!

帰る場所は、この地図↓のアンティークショップ(Antique shop)の地下。State Depertmentは、中心街にあるNOMINデパートです。この、宝の地図みたいなのしかなくてすみませんが、買いたい方はぜひ行ってみてください。
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地方から出てくると、なんか日本に帰ってきたみたいな雰囲気を感じられて、お得ですね。


そう!
この前、ダルハンでこんな雪が降ったんですけど、
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ウランバートルでも降ってました!

なんで、こんな綺麗な雪の結晶がそのまま降ってくるんですかね?
寒すぎるから?乾燥してるから?
ほんと不思議。

誰か詳しい方がいたら、教えてください。


そして、首都を満喫して帰った帰りの出来事。

ダルハン行きのバス停で、バスを待っていた時。私は持っていた飴を、誤って床にブチまけてしまいました。
床も汚かったし、他のゴミも落ちてるし、拾わなくてイイやと思って、足でササッと隅っこに寄せるだけして、その場を離れたんです。

そして、バスが来て、バスに乗り込み、出発までの時間、ぼーっと外を眺めていました。マイナス10度前後の寒い中、50歳くらいの優しそうなおばあちゃんが、お菓子やお水、ジュースなどを外に並べて売っている姿を見ていました。

お婆ちゃん、寒くないのかな。
今日の売り上げ、どれくらいなんだろ。

と思いながら見ていたら、よいしょとお婆ちゃんが立ち上がって、なんと私のゴミを拾い始めたのです。そして、ゴミ箱まで捨てに行ってくれました。更にゴミ箱の近くに落ちているゴミも拾って、ゴミ箱に捨てていました。

私はその姿を見て、あああ〜!と思いました。
私はモンゴルまできて、何をやっているんだ って。

周りの環境を綺麗に整える日本人の良さを伝えに来たはずなのに、寒い中毎日じっと座って、物を売っているお婆ちゃんに、ゴミを拾わせてしまうなんて。


最近でもそうです。

何かをしてもらった時に、御礼を言うことが少なくなっていたり、時間に遅れたり、一歩譲ることができなくなったりと、日本人の良い行いを伝えにきたはずの自分が、それを無くしかけているということに、薄々感ずいていました。


それが、今回のゴミ事件で、はっきり自覚しました。


日本人は日々の生活の中で、相手の事を考えて行動する部分をたくさんもっていると思います。

何かしてもらったら、
ありがとう。

レストランを出るとき、
ご馳走さま。美味しかったです。

部屋を出るときは、来た時より美しく。

遠くからや声が聞こえなくても挨拶、感謝していることがわかるように会釈をする。

などなど。


それらを自分から行う、そしてモンゴルの人に日本人の良いところを見て、あっ気持ちいいな、真似したいなって思われるくらいにならなきゃなと思いました。


そんな大事なことを気づかせてくれたお婆ちゃん、本当にありがとう。

モンゴルの人から学ぶこと、たくさんありますね。